【連載:多重人格彼女】第5話「アゲハの笑顔」
2軒目は、待ち合わせ場所に行かずに一人で行こうと思っていたクラシックバーになった。
ちょうどピアノの生演奏が始まる時間と重なって、僕らは最初の飲み物を頼んでからはしばらくピアノの演奏を聴いていた。
初めて会った人と、盛り上がったわけでもないのに2軒目に行くなんて思いもしなかった。
この後どうなってしまうんだろうか、いつ帰れるのだろうかと心配になってきていた。
ピアノの演奏が終わってその余韻が残っている中でアゲハが話し始めた。
「私、昔はピアノを習ってました。」
「へえピアノできる人は羨ましいなあ」
「ジュンさんは音楽好きですか?」
「うん、好きですよ。合唱部でした。」
「そうなんですね!音楽好き同士でよかった!」
そう答えてアゲハは今日初めて屈託のない笑顔を見せた。その笑顔がとても可愛くて僕も自然と笑顔になった。
そこからは看護大学に入ろうと思った理由や何故今休学しているのかを聞くなどして会話は途切れることなく繋がったし、会話はそれなりに楽しかった。少し打ち解けてきたのかなと感じるくらいアゲハの話し方に力が抜けて自然な感じになっていた。凄く印象がよかったし魅力的だった。
どうやらアゲハは向精神薬や睡眠薬を常用している人だということがわかってきた。
大量の薬を飲んでしまうオーバードーズや
カミソリで手首を切ってしまうリストカットを頻繁にやってしまうようになり病院にお世話になることが多い中で看護に興味が出てきたのだそうだ。今休学しているのは精神的に体調を崩してしまったためだそうだ。
やっとアゲハのことを少し知ることができた。アゲハに興味が出てきていたが従兄弟のことはまだ聞きづらかった。
その後も僕の大学時代や中学の合唱部時代の話をしたり、アゲハがこれからどうしたいのかなどの話を聞いたりしていたら、いつのまにか終電の時間が迫っていた。僕は時計を見ながら言った。
「そろそろ行きましょうか」
「はい...」
えっと...その「はい...」はなんなんですか!
と心で叫びながら、お会計を済ませて僕らは店を出た。
終電の時間が本当にギリギリに迫っていたがアゲハは急に立ち止まり、そして言った。
「あの...もう1軒行きませんか...」
(続く)